お店

太陽が降る星の創作家。

こんにちは、ナスモライターのタッキーです。
今回は那須の陶芸家、小沼寛さんと奥様で盆栽家の加藤文子さんをご紹介します。

お二人の記事は、昨年発行した那須のフリーマガジン「森の子」にてご紹介しました。
その際に誌面の都合上、割愛したお話しを含めて再編集し、ここにお届けしようと思います。

自分が信じる道を求め「奏デル盆栽」をつくる

コナラの木々に囲まれた那須高原の一角に、小沼さんと加藤さん夫妻が暮らす家があります。
お二人が「あうりんこ星」と呼ぶこの場所は、森と調和しながらも、敷地の庭や建物に散りばめられた素材と作品が、不思議な魅力を放っています。

建物の一部を「あうりんこギャラリー」として公開している

「那須のコナラの木は、枝の先端が柔らかくてきれいなんです。
私たちが那須を訪れたとき、インターを降りた所にあるコナラの雑木林をみて、いいねぇと思ったのが最初の印象でした」

小沼寛さん(左)と加藤文子さん(右)

そう話すのは、埼玉県大宮市(現さいたま市)の盆栽町で四代続く盆栽家の娘として生まれた、加藤さん。

盆栽町はもともと東京の本郷や駒込あたりに多かった盆栽業を営む人々が、大正12年の関東大震災を機に、大宮に集団移住して開村されました。

加藤さんが育てる盆栽が庭に並ぶ

聞けば加藤さんの曽祖父は、被災した東京で界隈の盆栽業者や愛好家に埼玉への移住を呼び掛けた発起人。つまり、盆栽町をつくった中心人物でした。

加藤さんは盆栽を代々手掛ける家で仕事を始めることになりましたが、当時は女性が盆栽業に就く環境ではなかったそう。そんな中、家業を手伝っていましたが、ある種の疑問も感じていたといいます。

ハウスにもたくさんの盆栽がある

「盆栽は針金を枝にかけて、盆栽として価値のある型の規範に近づけていきます。
でも私には、決められた型がちっとも美しいと思えなかった。
そもそも金属を生きているものに巻き付けることが、どうも馴染めなかったんです。
だから私はここにいてはいけないと思い、家を出ました」

かわいらしい「アトリエあうりんこ」のサイン

こうして盆栽町内に当時借りていた貸家の庭を整備し、ひとりで盆栽を始めることに決めた加藤さん。音楽が好きだったので、自らの盆栽を「奏デル盆栽」と名付け、自分らしい盆栽を追求していくことに。
その後、借家を何度か転々とするなか、当時大宮に住んでいた、小沼さんと出会うことになります。

海外での生活を経て、陶芸の世界へ

一方、小沼さんは北海道小樽市の出身。東京に移り住んで暮らしていましたが、家を出て遠くに行きたいという気持ちを抑えきれず、19歳でフィンランドへと渡ります。

庭の一角に小沼さんの作品も置かれている

その後、気の向くままにイギリスをはじめ、ヨーロッパの国々を渡り歩いたのち、帰国。
再び渡航しようとお金を貯めていたものの、気持ちの変化から日本で仕事をしようと思い立ちます。

「あうりんこギャラリー」にならぶ繊細な色合いの作品

「最初プラント設計の会社に就職しましたが、会社勤めが自分には合わないと思いました。
それで自分ひとりでできる職人的な仕事をやりたいなと思ったのが27歳のときです」

そんな折、当時住んでいた目黒の焼き物工房に出入りしたのをきっかけとして、陶芸の世界に踏み入れることになります。

小沼さんはガス窯で作品づくりをしている

「当時は機械ろくろで作るのが焼き物だと思っていました。
その技術を高めて、均質なものを1日最低100個は作らなくてはいけないとか、釜は薪釜でなくてはいけない、ということを常識として教えられていたんです。
当初はそれを信じてやっていたんですが、段々それが自分には馴染めないなと感じて、苦痛になってしまった」

アトリエで作陶する小沼さん

そう悩んでいたとき、19歳の時に知り合った友人からの連絡で、日本人と一緒に陶芸をやりたがっているフィンランド人陶芸家を紹介されます。
これを転機と捉えた小沼さんは、再びフィンランドに渡ることに。

花のような形をした小沼さんの独創的な作品

ただ森と湖があるだけで人もいない、日本とは全く異なる環境で半年間、手びねりの作陶に没頭。ここから自分なりの陶芸の道が開けていきます。
フィンランド語で太陽を意味する「あうりんこ」という言葉をアトリエの名前にしたのも、この頃から。

一見、陶芸に思えないユニークな作品も

小沼さんの作品は、手びねりによる人の鼻や植物のような形のもの、虫のような形のものなど、ひとつの言葉で定義されない、自由な作風で生み出されます。

自然の中に置いたとき、違和感なくその場所に存在できる作品を作りたい。
小沼さんは常々そう思っているそう。加藤さんと出会ってからは自身の個展をはじめ、盆栽の器など夫婦のジョイント展も開催するようになりました。

植物と陶芸が自然と協和する

那須の森に呼ばれた、二人の作家

小沼さんは那須に来た95年当時を、こう振り返ります。

「大宮の家を立ち退くことになり、家探しにあちこち行きましたが、なかなかいい場所がない。
それで段々と北上して那須まで来たときに、なんとなくヨーロッパの風景に似ていて懐かしかったので、ここに決めようと。
那須は太陽の光がきれいで、フィンランドで見ていた光に似ているように感じたんです」

作品が生まれる環境として、那須が合う気がしてくる

那須に住みたいと思い、場所を探し始めて出会ったのが、コナラの木々が自生する、現在の土地でした。家の前は牧草地になっていて、加藤さんが育てるたくさんの盆栽たちに、たっぷり陽光がふりそそぐ気持ちのいい場所。

ご自宅の奥にある、ギャラリーの建物

「奏デル盆栽」には、盆栽の世界で定番と言われる形のものは見当たりません。自然の摂理に従って自生してきた、植物どうしの小宇宙が器の上に表現されているのです。

盆栽のほとんどは盆栽町から持ってきたもので、20年以上の月日が流れています。強い風が吹き、冬の寒さが厳しい那須の環境に引っ越しをしても、植物は新たな環境に適応させていく能力をもっています。

長い年月をかけて成長と変化を繰り返していく加藤さんの盆栽

「今、この瞬間にも風が吹いていて、知らない間に種子が盆栽に着地しているかもしれませんよね。
それが発芽して、今までいた人たちの中に、もうひとり仲間入りするわけです。
ひとつの盆栽の中で何十年と繰り広げられる植物どうしの関係は、計り知れないものがあると思います」と加藤さん。

季節による変化も盆栽の楽しみ

盆栽町からやってきた「奏デル盆栽」たちは、那須で新たな仲間を受け入れ、那須の植生が開花する盆栽へと、その姿を変えていきます。

陶芸と盆栽。伝統的な作品の作り手として身を置きながら、常識とされる表現形式に収まらなかった小沼さんと加藤さん。
それが独創性のある作品を生み出し、多くの人の心を打ちます。お話しを伺っていると、お二人がパートナーとして共に歩んでいることが、どこか必然のように感じます。

ギャラリーは現在、冬季休業中ですが、春からオープン予定。暖かくなったらぜひお二人の「あうりんこ星」へ訪ねてみてくださいね。

【あうりんこ Weekend gallery】
場所:栃木県那須郡那須町高久甲5545-25
連絡先:0287-63-7982
営業日:4月〜11月の金・土・日
営業時間:13:00〜17:00
※おでかけの際はHPや電話でご確認ください。
HP:https://aurinkonoko.com/

この記事を書いた人

タッキー

タッキー

那須コーヒーパルキ店主。さいたま市出身。 2016年那須町に移住。自家焙煎のコーヒー店を営業し、那須を取材する圏外ライターとしても活動。那須のフリーマガジン「森の子」の企画・編集。森での自給的暮らし、音楽活動、登山など。

最近書いた記事

このライターの記事一覧

関連記事

  1. なんでパンダなの?【コーヒーピクニックin 大田原なかがわ水遊園】

  2. 【唐揚げ奥の細道】第1回 黒田原の菊池精肉店

  3. 那須町教育長とぶっちゃけトーク!〜教育長ってどんな人?〜【前編】

  4. 人口減少が続く地方で書店は成り立つのか?【那須ブックセンター】

  5. 食べて環境を守る!生物多様性啓発型レストラン『ヤマネコテラス』in那須…

  6. 【カフェ・焼き菓子 蕾】那須の日常を味わう、草原にたたずむ小さなお店

  7. 那須町の中心地にひっそり佇む自家焙煎珈琲店【那須珈琲Cafe la d…

  8. 那須町教育長とぶっちゃけトーク!〜教えて!教育長の本音〜【後編】