那須で樹木と向き合うアーボリストたち。

JUN TREE SERVICE 株式会社
(ATI認定 樹護士アーボリスト/ISA認定 ツリーワーカー)
代表取締役 長谷川英司さん
取締役 田中豊さん
根立龍斗さん

主峰茶臼岳を望む、広大な那須高原の森のなか。
ここで、垂れ下がるロープに身を預けながら、目がくらむほどの高所で作業をする人たちがいます。
職業、アーボリスト。ツリークライミングでメンテナンスを行う、樹木の専門家です。

今回、那須を拠点に全国で仕事をするアーボリスト、JUN TREE SERVICE 株式会社の代表取締役、長谷川英司さんと取締役の田中豊さん、根立龍斗さんの3人にお話しを伺いました。

林業を目指して那須へ

左から根立龍斗さん、長谷川英司さん、田中豊さん

長谷川英司さんは東京都の出身。那須に来る前は、大手町にある大手新聞社に勤務。取材現場でカメラマンが撮影した写真のフィルムを本社に運び、校正刷りにまわす仕事をしていました。しかし、徐々に心身が疲弊してきたといいます。

長谷川「生活のリズムが常に崩れている状態だったので、これはまずいなと。もっと自然に近い仕事がしたいと思っていました」

12年前に家族で那須に移住した長谷川さん

そのころ、那須の林業会社に勤めていた田中豊さんと、ネットのコミュニティで知り合います。そして林業に興味をもちはじめていた長谷川さんは一念発起し、田中さんと同じ会社で働くために、家族で那須に引っ越すことを決意しました。

田中さんは埼玉県の出身。那須で林業の会社に勤めていた

こうして、同じ職場で一緒に仕事をすることになった田中さんと長谷川さん。ところが。

田中「実は自分にはもくろみがあって。ぼくはその会社をやめたかったんですよね。会社の方にも、(自分のあとを任せられる)いいヤツが来ますんで、とか言ってました」

長谷川「そう。自分がその会社に入って1年くらい経った頃、田中から『俺はもういなくなるから』って言われて。『はぁ?』ってなりました(笑)」

結果、長谷川さん1人、会社で仕事を続けることになりました。ただ、そこには田中さんが会社をやめた理由ともいえる現状があったと、振り返ります。

長谷川「当時、田中にも林業という業界に入ったときの、理想と現実のギャップがあったと思うんです。のちにぼくが会社をやめたのも、それが原因だったので」

林業には、造林作業と林産作業というものがあります。
造林は苗木を植えつけて「木を育てる」のが仕事。一方、林産は木を伐採して市場に出す、「木材の収穫」が仕事になります。

林業は山にスギの苗を植林し、成長した木を伐採するサイクルで仕事が進む

長谷川「ぼくは造林歴が長くて、山をつくっているという自負が少なからずあったんです。でもあるとき山で作業中に、これは木材生産工場でしかないな、と気づいて。気持ちの変化もあって、山をつくることよりも、1本の樹木に向き合いたいという思いが、自分の中に生まれてきたんです」

仕事を通じて樹木との向き合い方を考えるようになったという

間伐や伐採の作業現場は、1日100本くらいの木を、どんどん切っていかなくてはなりません。
いかに切るかという技術的な部分に集中するため、一本の木とじっくり向き合っている時間は、当然ありません。

長谷川「現場で伐採作業をしていると、樹木に対する尊敬の念がだんだん薄れてきます。それはちょっと違うなと。それで1本1本の木を手入れする仕事をしたいと思ったのが、林業から離れた一番の理由ですね」

職業アーボリストとして生きていく

長谷川さんは林業に従事していたときから、愛知県にある、ATI(アーボリストトレーニング研究所)の講習に通いはじめました。

長谷川「田中がすでにATIの講習を受けていて、自分のことも誘ってくれたんです。それで樹木の知識を勉強する講座を受けたら、もう火がついちゃって。これだなと思いました」

アーボリストを養成するATIの講習のようす

ATIはアメリカに本部を置く国際組織ISA(International Society of Arboriculture)が認める日本国内唯一のアーボリストトレーニング組織。国内におけるアーボリスト技術と知識の普及を目指しています。

全国でアーボリストを志す人がATIの門を叩いている

アーボリストは高い木の剪定やメンテナンスの専門家で、欧米ではガーデナーと同じように認知されている職業。樹木の生態に関する知識をもち、個体ごとの健康状態を診断することができます。そして専用のロープやサドルを使うツリークライミングで、樹木の最適な維持管理を施していきます。

木に登って作業をする「クライマー」と、地面からサポートをする「グラウンド」の連携で作業を進める

アーボとは日本語で「樹木」のこと。そしてアーボリストは「樹護士」を意味します。この言葉からも、アーボリストがシンプルに木を切る人ではないことがわかります。

田中「ツリークライミングのなかには、ツリーケアという概念があるんです。樹木の適切な成長のために手入れをして、整えたりする考え方です。以前はぼくも樹木を構造物のようにとらえていたことがありました。もちろん生き物だってことはわかってましたけど、そこまで深く考えていなかった」

剪定すべき枝やツタを落とし、樹木の環境を健やかに保つ

田中「だけど、アーボリストという世界があって、ツリーケアという概念があるということに気がつくと、木を切りたくなくなっていくんですよ。知れば知るほど考え方が変わっていきましたね」

施主さんにしっかり樹木の状態を説明し、適切な提案をすることも、アーボリストの仕事という

人が生活する上で支障が出てしまうほど、大きく成長した樹木。
高所作業車などを使い、幹を切っていけば、人にとっての問題は解決するかもしれません。
しかし、そこにあった樹木の命は失われてしまいます。

ロープワークで作業をするから、人の手で細かい枝の剪定が可能になる

アーボリストは、ロープワークで高木に身ひとつで上がれるため、高所作業車が入れない場所でも作業が可能です。そして、樹木にとっていちばんダメージの少ない剪定を施し、樹形を維持したまま、木を残していくことができるのです。

剪定を依頼された樹木。住宅地のなかで大きく育ち、周囲に危険が及ぶかもしれない
樹形を維持したまま剪定を施すことで、樹木の印象を変えずに長く付き合うことができる

日本国内ではまだまだその存在が知られていない、アーボリストという職業。
長谷川さんがATI認定のアーボリスト資格を取得した当時、栃木県内のアーボリストは田中さんと長谷川さんの2人だけでした。

田中「全国的に似たようなものでしょうけど、ツリーケアの概念をまわりに話ししても、なにも反応がなくて。それは自分でもわかっていたんで、もう起業するしかないなと思いました」

ツリークライミングの体験を通して、樹木と親しむイベントも開催している

職業、アーボリストとして独り立ちすることを決意し、着々と準備をしてきた田中さん。林業の会社で働く長谷川さんを2年がかりで口説き、2018年に2人でツリーケアによる樹木のメンテナンスを行う会社「JUN TREE SERVICE 株式会社」を開業します。
しかし、当初はなかなか思い描いたようにいかない現実に直面したといいます。

那須を拠点に、さまざまな場所に行ってツリーケアをしている

田中「アーボリストとして仕事をしながら、同時にアーボリカルチャー(樹木文化)の理念を普及したいという思いはありますけど、(受注数として)一足飛びにはいかない。それで別の会社からの依頼で、別荘地のお仕事も受けました。たとえば屋根の上にかかる木を切りたい、という依頼です。

そこで施主さんと直接話ができればいいですけど、下請けなんで言われたとおりに木を切らなくちゃいけないわけです」

敷地内に樹木のある家が多い那須では、伸びすぎた木を切ってほしいという相談を受ける

長谷川「だから仕事はあるんですけど、ぼくらの企業理念とはまったく別のことをやらないといけない。『これを続けていくの?』って田中と話し合って、そういう仕事は受けるのをやめようと決めました。

業界の「あたりまえ」を少しずつ変えていきたいと語る長谷川さん

もし、どうしても樹木が建物や人に危害を与える状態であれば、伐採を提案します。でも、剪定も最小限に抑えて、なるべく切らない。それを理解してくれる人を増やしていこうと思っています」

アーボリカルチャーは樹木とともにある生活。いかに樹木と共生していくかという提案を、顧客だけでなく、樹木を管理する行政や伐採業者にも働きかけていきたいといいます。

後につづく若きアーボリスト

2021年、3ヶ月の試用期間を経て、会社にひとりの若者が入社しました。
根立龍斗さんは新潟県上越市生まれの26歳。学生時代から社会課題などに関心をもっていたといいます。

アーボリストとしてのキャリアをスタートした根立さん

あるとき山が荒れ放題になり、苦労しているという高齢者の話に触れ、日本の山村における課題に目を向けてみようと、みずから新潟県内にある村の森林組合に就職。未経験の現場に飛び込みます。しかし、そこはお世辞にも就職先として人に推められる環境ではなかったといいます。

根立「伐採の現場で切った杉の木は、太くていいところだけしか使いません。先っぽのほうは山に捨ててしまいます。使う木の集材には、ワイヤーロープで吊るして山から降ろしますが、雷が鳴る危険な天候でも作業が続きました。いちど錆びているワイヤーが切れて、何トンもある木材が下に落ちたこともあります」

安全対策もままならない現場を、半年ほどの期間で経験した根立さん。その後、会社をやめてから結婚し、奥さんの地元である那須にやってきました。

樹木に携わる仕事から離れないと決めていた根立さん。那須に来たことで転機が訪れた

根立「ある知人が、お二人(JUN TREE SERVICE)の仕事現場に連れていってくれたんです。そこで自分と同じ林業上がりの人たちが、ずっと会話しているのを見て驚きました

林業をやっている人は寡黙で、しゃべらない人ばかりなんです。だけど、お二人は木の上で自分がこれから何をするか、ずっとコミュニケーションしているんです。それが安全につながっていくんだなと思いました」

安全性の確かな道具を使い常にコミュニケーションをとる。だから高所での作業も安心して行うことができる

危険をともなう職場だからこそ、安全対策を大切にする姿勢に心打たれた根立さん。アーボリカルチャーの理念にも共感し、自身も後につづくことを決意しました。

クライマーとして作業を行う根立さん

県内では、ほかの地域に先駆け、那須に新たなアーボリカルチャーの担い手が、誕生しているのです。

地上80mの巨樹、ジャイアントセコイアへ

2019年、ISAツリーワーカーの国際資格をもつ田中さんと長谷川さんは、米国カリフォルニア州の国立公園にある巨樹、ジャイアントセコイアの森を訪れました。

目的はATI(アーボリストトレーニング研究所)の代表、ジョン・ギャスライトさんが取り組む、ジャイアントセコイアプロジェクトに参加するため。

国立公園内にあるジャイアントセコイア。樹齢1000年以上の巨樹が今も生き続けている

長谷川「プロジェクトは、セコイアの生態を守るために手入れをするものですが、自分たちが参加したのは、学者でもあるジョンさんの調査・研究のため。セコイヤの樹上で独自の進化をしているかもしれない、クマムシのサンプル採取が目的でした」

ジャイアントセコイアに上り始める長谷川さん

田中「持ち帰ったサンプルをジョンさんが顕微鏡で調べたら、『クマムシいたよ!!』って興奮して連絡がありました。具体的な成果についてはまだ聞かされていませんが(笑)」

一緒に参加したアーボリストたちと、セコイアの樹上でワンショット

現場では樹高78mのセコイアにロープで上がって作業をしたという、長谷川さんと田中さん。そして、長谷川さんは約50mの高さにツリーボート(ハンモックの一種)を張り、樹上で一晩を過ごしたそうです。

ツリーボートで横になる同行した日本人メンバー。この状態で寝るそう

長谷川「目の前で起きていることが、本当にドラマチックで。セコイヤは木肌が赤いので、レッドウッドと呼ばれるんですけど、それが夕日に照らされると、さらに真っ赤に輝くんです。日没したら一転、星空がばっと広がり、2時ころから満月が上がってくる。もう、もったいなくて寝れなかったです」

長谷川さんと田中さんがジャイアントセコイアの樹上から見た景色。それは樹木の仕事で感じた疑問と向き合い、自分の信じる道を貫き通した末に、たどり着いた景色でもあります。
アーボリストとして那須はもちろん、全国の樹木に上り続けるJUN TREE SERVICEさん。
最後に那須への思いを伺いました。

長谷川「那須は樹木と一体となった宿泊施設や娯楽施設が魅力ですよね。樹木が豊富にあるから、アーボリカルチャーの普及には最高の場所だと思っています。その一方で、樹木が当たり前にあるから、すぐに切ってしまうことが多いと感じます。

だから樹木を残していくという考え方を、少しでも広げていきたいです。
木を切る仕事をしているのに、木を切りたくない会社って、オモシロくないですか?」

【JUN TREE SERVICE 株式会社】
所在地:栃木県那須塩原市寺子399-19
連絡先:080-5453-4530
HP:juntreeservice.com
mail:juntreeservice439@gmail.com

この記事を書いた人

タッキー

那須コーヒーパルキ店主。さいたま市出身。 2016年那須町に移住。自家焙煎のコーヒー店を営業し、那須を取材する圏外ライターとしても活動。那須のフリーマガジン「森の子」の企画・編集。森での自給的暮らし、音楽活動、登山など。

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