那須町教育長とぶっちゃけトーク!〜教育長ってどんな人?〜【前編】

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こんにちは!かなえです

今回は、

「那須町の教育長って、一体どんな人?」

ということで、実は元教員である私が、教育長である平久井好一さんにインタビューして参りました!

教育長のインタビュー?

難しい教育の話でしょ…?

と思ったそこのあなた。

「いいえ」

いつもは町の行事などで、熱のこもった素敵な挨拶をされる教育長。

普段は、

どんな人…?

ということで、

教育長の素顔を探ってみました!

よろしくお願いします!

 

教育長の子どものころ

 

教育長はどんな子ども時代を送っていましたか?

土日の部活動もなかったから、もっぱら外で遊んでいたなー。

川にも行ったし、山にも行ったよ。
今と違ってスマホもないし。

家に帰ったら、年齢関係なく仲間と魚釣りとか山歩きしたね。

オニ虫取りしたり、蛍も取りに行ったり。キノコ採りもトウヤク(センブリ)採りも、色々したね。

それが当たり前だった。

川でうなぎ釣ったりして。

うなぎですか??

天然うなぎいるよ!

子どもの頃は、わくわくして、とても朝寝てられないんだよ。

でっかいうなぎを釣った夢をみて、朝4時ごろ起きてね、川に仕掛けといたのをあげに行ってた。

すごくたくましい少年時代ですね!やっぱり今とは遊びが違いますね。

今こんな話しても、子どもたちにはぴんと来ないかもしれないね(笑)

本当は面白いところなんだと思うよ。川とか山とか。

ゲームなんか問題じゃないくらいに、わくわくする場所なんだと思うよね。

こういう経験って必要なんだろうな。

常に遊びの中に工夫があるから。

ただぼーっとして魚釣ってないもんね(笑)

しかも弟妹の面倒も見てあげなきゃいけないし。友達との関わりとか扱いとかも、常に工夫しないといけないからね。

ある意味、今は本気になって遊んでないから。

作られた遊びの中にいるから、工夫しないし、できないよね。

本来、遊びは自分たちで作るものだからね。

今の子どもたちに足りないのはそういうところかもしれないね。

大人になると自然の中で育つという良さと、それがいかに貴重であるかがよく分かりますよね。

そういう意味では、適度な自然が残っている那須町っていうのは、すごく子育てにもいい環境じゃないかなって思うよね。

 

どうして先生になったの?

 

教育長はどうして教員になられたのですか?

高校卒業する時に、「俺は先生になりたいな」って思ってたんだよね。

中学校の時の担任の先生とか、高校の部活の先生とかを振り返った時に、先生という仕事もいいなって思っててね。

だけど、あの頃の農家の長男ってさ、家継ぐのが当たり前って育てられてたんだよね。
家は稲作と酪農をやっていてさ。

体育の教師になりたいなって思ってたんだけど、父親に「バカなこと言ってんじゃねえよ」って大反対されてね(笑)

そんなことがあったとは…

多くの農家の長男は、大学に行かないでそのまま家を継いでたんだけど、自分は大学は行きたかったから進学を選んでね。

高校の先生に勧められたのは農大だった。

全国から、りんご農家の長男とか、酒屋の長男とかが集まって、日本の農業を支える、そう言った大学だよって言われてね。

いずれは自分もそうなろうと思っていたから。その時は。

教育学部のご出身ではなかったんですね!

うん、その教育学部を出ていないということが後々教員になってからのコンプレックスでもあったんだけどね…

大学3年生終わる前に、やっぱり俺このままじゃ家に帰っても、納得いかないなって。

大学出てきた人間と、大学出てない人間が同じ農業をやっていたら、「大学出てきたのに何にもできねえべ」って言われそうだなーと思って。
それは頭にくるなと(笑)

じゃあ、1年間アメリカ行って、酪農学んでこようって、ウィスコンシン州に行ったんだよね。

なんと!ご留学の経験があったとは!

そう。向こうの農家の家族にお世話になってね。

大きいトラックター乗って、広ーい畑で、畑を耕したり、トウモロコシの種巻いたりさ。
そうやっているうちに、色々考えることがあるんだよね。

何度も自問自答してね。

半年くらい過ぎた頃かな、父親から手紙をもらってね。
それで”乳量生産調整”のことを聞かされた。

牛の数を増やして、牛乳を絞れば絞るほどお金が儲かると思っていたけど、国の政策で、前の年の乳量を上回った乳は出荷できないということが決まったんだよね。

大規模な酪農をやろうと思っていたけど、それができない、そういう時代じゃなくなった。

それを聞いた時に、ちょっと待てよ。「俺が本当にやりたい仕事、一生かけてやりたい仕事ってなんなんだ??」って自問自答した。

やっぱり、教師やりてえな。って。

それで教師になられたんですね。

採用試験はたくさん落ちました(笑)
自分の年齢から4つか5つしたの人たちと同期で入ったよ。

自分としては、遠回りしたけど、失敗したとは思っていないし、1年間アメリカに行ったから今があると思う。

人間って、そういった時期って必要だと思うんだよね。

教育一本の方だと思っていましたが、悩まれながらも、色々なご経験を人生に生かされていて、なんだか親しみがわきました。

 

教育長はどんな先生だった?

教員時代に心に残ったエピソードをお聞きしたいです。

たくさんあるなあ。
部活動のこと、学級経営のこと、夢中でやっていたからなー。

いい思い出はたくさんあるんだけど、一つ心に残っている思い出があってね。

小学校の同窓会で、みんな集まってくれてお酒飲んでさ、一人一人振り返って、ずいぶん成長したなーなんて話してた時。

ある子が「俺、お父さんお母さんいなくて、叔父さん叔母さんに育てられてたんだよなー」って言ったんだよ。当時、そのことは分かっていたはずだが…

その時、ずきーんと胸が痛くなったんだよね。

子どもと言えども、色々な事情を背負って学校に来てるじゃない。当たり前のように学校に来てるけど、一人一人見たら、ものすごいもの背負っているんだよね。

親がいないとか、おじいちゃんおばあちゃんに育てられたとか、貧しくてテレビもない家の子どもとか。

でも教室に行ったら、みんな同じ児童生徒になるんだよね。そんなの分かってたんだけどね。

若かったってのもあるけど、分かってるようで、芯から共感、理解してなかった自分に、その時飲みながら出会った時は、「俺はダメな人間だなー」って思った。

よくここまで成長したなと思う反面、愕然とした自分に会っちゃったっていう思い出があるな。

想いが至らないっていうか、当時もうちょっと違った言葉掛けできたんじゃないか、とかって後から考えたね。

心に残ったことというと、部活動の話や嬉しかった時の話かなと思ったのですが、意外でした。教育長の子どもたちへの思いの強さが伺えるエピソードですね。

あとは、野球で県大会に出られたんだけど、那須地区予選の時勝願掛けに朝“かつ”を食べて大会に臨んだのね。
そしたら腸炎になっちゃってね…(笑)

そしたら1回戦2回戦見事勝って、県でベスト8に入ったんだよ!

私はこっちで点滴打ってたんだけど(笑)
そんな思い出もあるなー。
「監督がいない方が勝てる」なんて保護者から言われたりしてね…

勝つために”かつ”って…教育長の人柄の良さが滲み出てます(笑)

 

お家ではどんな人?

 

教育長はどんなお父さんでしたか?

それはごめんなさいって感じ…(笑)3人子どもいるよ。

でもさ、中学校で野球部もってると、土日いないんだよね。平日もいないけど。

嫁さんからは、「人の子はいいから、たまにはうちの子見てやって!」ってよく言われました(笑)

じいちゃんばあちゃんには随分見てもらったね。だから、子どもたちにすれば、じいちゃんばあちゃんとの繋がりっていうのは大きいね。

嫁さんが家で、ピアノを教えてたから、おかえりって迎えられる立場だった。

しっかり子育てしてくれたんで、よかったけど。嫁さんまで外で働いてたら、子どもたち苦しかったろうね。

本当に、先生をしながらの子育ては大変ですよね。うちも教員一家なのでよく分かります…

そうなんだよね。すいませんってしか言いようがないね(笑)
ただ、野球、ソフト、スキー、水泳、息子には魚釣り、そういうのは3人の子どもに一人一人教えたね。

教育長のオフの日の過ごし方も気になります!

土日のどこか半日でも、体動かして汗かかないと、次の日の月曜から辛いんだ(笑)
私たちの仕事って、土日も挨拶とかあるから、なかなか時間が取れなくてね。

畑仕事とか、山行って木切るとか、草花の手入れしたり、ゴルフに行ったり。
何か運動しして汗びっしょりかくと、すっきりするね。

野菜も、自分で育てて収穫した野菜を食べるっていうのはすごく贅沢なことだよね。

時間が無いなりに、休みの日には、できるだけ身体動かすようにしてるよ。
普段座ってる時間の方が多いからね。

一番いいのは、体いっぱい動かして、頭の中空っぽにすること(笑)

教育長、体育会系ですね。小麦色の肌が眩しいわけです。見習います!(笑)

 

教育長にインタビューしてみて

ご自身の話も包み隠さずお話しいただき、おそらく地元の方もあまり知らないのでは、と思われるお話もたくさんお聞きできました。

特に教員時代を思い返すときの柔らかく生き生きした表情が印象的で、今回書ききれなかった多くのエピソードからも、教育長の子どもたちへの思いが感じられました。

相変わらずの熱い情熱や誠実さに加え、普段はあまり見ることのできないお茶目な部分やゆるりとした部分も垣間見ることができ、少し安心しました(笑)

そして、まだまだインタビューは続きます!

後編では、教育長の”ホンネ”に迫りました。
「教育」に対して、「那須町」に対して、ぶっちゃけどうでしょう?というのを聞いてみましたよ!

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