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素材と人を紡ぐ一期一会の染織【染織アトリエショップ Brillante】

染め物のバッグ

染織家として世界を舞台に活動

遠藤聖香(きよか)さんは子どもの頃から色を塗ることが好きだった。ピアニストだった母の影響もあり、手に職をもつことがしたいと考えていたという。中学生のときには、音楽と美術のうち美術を選択、大学と専門学校で染織の技術を学んでいくことになる。そして在学中に早くも染め布を用いた舞台美術や空間ディスプレイの仕事をスタート。国内から海外へと、拠点を移して活動していく。

染織家の遠藤聖香さん

「本当に人とのご縁で活動がつながっていった感じです。最初に偶然、展示されている私の作品を観た方からオファーをいただき、アメリカでディスプレイの仕事をしました。すると、それを観た方からまたオファーが来るというように、スゴロクみたいにずーっと続いていく感じ(笑) 20代は 6、7割くらい 海外にいましたね」

ディスプレイ布を担当した「ミス・スイス」を決めるコンテストのステージ

アメリカを皮切りとしてヨーロッパへと渡り、イタリア、フランス、スイスなど、20代は染織アーティストとして、演劇やテレビのセット、ファッションショーなどの美術を手掛けてきた。平行して自らの個展ではアルミニウムの布を染めた作品を制作。染めという伝統的な技法と薬品を用いた特殊加工を融合させ、独自の作品世界を作り上げてきた。

自宅の一部にあるアトリエ兼ショップ前にて

そして2007年、聖香さんは両親とともに神奈川県から那須高原に移住した。その年、那須は大雪に見舞われたが、木々の枝に積もる雪の美しさに感動し、ここを拠点にしたいと思ったという。そのわずか半年後、染織アトリエショップ「ブリランテ」を自宅の一角にオープン。以来、アトリエにて季節の素材を使った1点物の作品をつくる毎日が続く。ショップにて販売するスカーフやバッグ、アクセサリーは、手に取る人とのご縁を想いながら作られている。

那須の素材のみで作られる「那須染め」の誕生

那須で暮らして数年後、2011年に起きた東日本大震災のときに、ひとつの転機が訪れた。

「大変な時だからこそ、異業種の方と一緒に何かできないかなと。それで私にできることは染めなので、那須をアートで紹介したいと思ったんです」

そこで地元の農家さんから野菜やハーブの茎など不要な部分、動物園からは動物の糞、カフェからは抽出し終えたコーヒーのかすなど、本来は染めに使わない素材を譲り受けて材料とした「那須染め」を考案。その工程は染めやすくするために素材を乾燥させ、水分を抜くところから始まる。乾燥の時間は素材によって異なるが、長いもので3か月から半年も寝かせる必要がある。

染めの素材を提供してくれる那須の農家さんやお店。多彩な業種の人が関わっている

乾燥が終わった素材は粉砕して溶かし、素材それぞれの特性を知るために、まずはサンプルを制作。その上で素材による染料の色味や染まり具合を見極めつつ、安定した色の出る素材を中心に作品にしていく。

「ふじもじベジまるしぇ」にて開催した那須染めワークショップのようす

「農家さんは染めるために野菜を育てているわけではないですよね。だから協力していただいてすごくありがたいです。実際に染め上がった作品を農家さんに見せると、すごく驚いたり、喜んでくれます。自分の育てたアートに関係ないものが、こんな色になるんだって。その顔を見るのが嬉しいですね」

スカーフは足利産のシルクを使用している。軽量で夏は涼しく、冬は暖かい

こうして那須の自然素材や不要物から成る、Made in NASUの染め物が誕生。那須の自然を感じさせるやさしい色合いのバッグやスカーフは、扱う素材が増えるごとに種類も増えていく。その素材の多様さにも驚くばかり。

秋の七草、トマトの茎、塩原のモミジ、カカオの殻、古代米、セロリの根、井草、黒豆煮汁、カピバラの糞……。 こうして現在までに163色が作品として形になった。

「那須高原こたろうファーム」さんのトマトの茎で染め上げたサンプルバッグ

「実験的な要素も強いので、染めてみないとどうなるか分かりません。これまで試してみて分かったのは、ハーブなど香の強いものは、色も濃くなるということ。また同じ素材でも年によって染まり方が違いますし、旬の時にしか出せない色もあるので、旬を詰め込むことを意識したり。そういう意味では工業製品とは違う、一期一会の染めといえると思います」

染めの奥深さを語る聖香さん。「その時の気温や湿度によっても色の出方が変わる」のだそう

染め物は水のきれいな土地で発達してきた文化で、水質によって染めの出来が変わってくる。那須は山から流れてくる清浄で柔らかい水が、布をきれいな色に染め上げてくれる。だから、那須の水もMade in NASUであることの大切な要素なのだ。

「那須高原Herb’s」さんのカモミール摘みワークショップのようす。花を摘んだ後の茎を譲り受けて、染め制作に使用している

心に留めているのは、あくまで不要なものだけを材料として使い、アップサイクル(元より高い価値を生み出す)すること。食べられるもの、だれかが必要とするものは使わない。牧場の草であれば、牛が食べない草だけを使うなど、譲り受ける者としての心構えは徹底している。

那須染めを世界へ向けて発信

「今ではいろんな方が試してみてと言って、素材を持ってきてくれるんです。それは那須の豊かさを表していると思います。染めているのは私ですが、素材がなくては成り立たないわけですから、私の中で“みんなの染め”というイメージ。その時、一緒にいられた人と共有する染めでもあるし、自然とコミュニケーションする染めでもあります」

「ITTAN English Camp for kids」での那須染めワークショップのようす

聖香さんは「那須染め」を2017年にロンドンで開催された「DISCOVER THE ONE JAPANESE ART 2017」に初めて出品。10種類ほどの素材の色を一枚のシルクに染織した作品は、その色使いや技法が評価され、審査員特別賞を受賞。みんなの染めがひとつの形になった。

震災や復興の祈りを込めて制作された那須染め。(右)ロンドンに出品した作品(左)スペインに出品した作品

さらに受賞を機に、2019年にスペインで開催された 日本スペイン国交150周年記念展である 「美と創造の巡礼展」の作品のひとつに選出。出品や渡航費を賄うための資金をクラウドファンディングで募ると、素材の提供者をはじめ、多くの人から寄付が集まった。

「応援してくださった皆さんと一緒に、本当の意味で“那須染めを世界に”ということが実現した瞬間でした」

那須高原ビジターセンターにて、過去最大の点数となる那須染め作品の展示が開催される

「那須染め」は舞台美術やアトリエ「ブリランテ」など、これまで聖香さんが歩んできた作家活動の中のひとつ。一方で那須の自然と提供してくれる人、そしてひとりの染織家が那須に住んでいることで形になった、共有物でもある。 聖香さんの染め物を通したコミュニケーションは続いていく。

取材・撮影地:那須高原ビジターセンター

2020年6月1日~、那須高原ビジターセンターにて、遠藤聖香さんの作品展「Noble and Amazing Sparkle Univers 展示 前期」が開催されます。この機会にぜひ作品に触れてみてください。

【那須高原ビジターセンター】


染織アトリエショップ ブリランテ
場所: 栃木県那須郡那須町高久乙593-245
営業時間: 11:00~17:00
定休日:不定休ご予約制(詳細はフェイスブックをご確認ください)
連絡先: 0287-74-5158
Facebook:https://www.facebook.com/AtelierShopBrillante/

この記事を書いた人

タッキー

那須コーヒーパルキ店主。さいたま市出身。 2016年那須町に移住。自家焙煎のコーヒー店を営業し、那須を取材する圏外ライターとしても活動。那須のフリーマガジン「森の子」の企画・編集。森での自給的暮らし、音楽活動、登山など。

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