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人口減少が続く地方で書店は成り立つのか?【那須ブックセンター】

2017年、那須高原に1軒の書店がオープンした。「那須ブックセンター」は書店が減り続けている時代に、この地域に初めて誕生した本屋さんである。ただでさえ人口減少が進む地方において、一見無謀とも思える開業に踏み切ったのは、東京の出版社「ベレ出版」の相談役、内田眞吾さん。書店空白地域に本の文化を灯すことを目指し、私財を投じて書店を立ち上げた。

現場の店長には、付き合いのある書店での仕事ぶりに一目を置いていた、谷邦弘さんをスカウト。過去に経営不振に陥っていた書店を再生させた実績をもつ谷さんは、内田さんの誘いを受けて小山市から那須町に引っ越しを決意。「那須ブックセンター」の店長として多忙な毎日を送っている。そこで今回、集大成ともいえるご自身のキャリアを那須でスタートした谷さんに、書店にまつわるアレコレを聞いてきた。

「那須ブックセンター」は登山客が多く訪れる那須連山の麓にある

那須高原にはじめての書店ができるまで

書店にとって真冬の時代といっても過言ではない。モノが売れない時代に実店舗はアマゾンなどのネットショップに取って代わられ、しかも国内の人口は減り続けている。それは書店文化に愛着のある世代が少なくなっていくことを意味している。つまり書店にとっては二重、三重に困難な時代を迎えているわけだ。淘汰されつつある業態として致し方なしという見方もあるなか、時代の波に逆らおうとするおじさんたちがいる。青春時代を書店や本と共に過ごし、紙メディアの力を誰よりも信じている世代の中で「本を作ってきた人」と「本を売ってきた人」だ。

各分野の本が所狭しと並ぶ店内

店長の谷さんは本の取次であるトーハンの社員を経て、いくつかの書店で店長から本部長まで経験してきた業界のベテラン。書店員ながら出版社巡りが好きであいさつに出向いたり、休日にはつながりのある書店の立て直しを手伝うなど、個人的なコンサルティングもしていた。だから書店業界では知る人ぞ知る存在だったという。

「本屋が一定のレベルより悪くなっていくのを見たくないんですよ。だから意欲のあるお店には応援に行きましたね」

いろんな地方で書店を元気にしてきた谷さんは、書店活性化の請負人だ

驚いたのは、噂を聞きつけたTSUTAYAの社長から直々にオファーを受け、働くことになったというエピソード。

話が来たとき最初は難色を示していた谷さんだったが、社長に会ってみるとその人柄に惚れ、働くことを決意した。部長職を打診されたものの、管理職ではなく現場で働きたいと進言。新店舗や成績不振の店舗など、数か所のお店を回りながら底上げをしていく現場担当者として腕を振るった。

このままTSUTAYAにいれば、安定した条件での仕事が約束されていたに違いない。
しかし2017年、谷さんは那須高原に書店を立ち上げるという内田さんに誘われ、TSUTAYAを退職。那須にやってきた。

傍目には少しもったいないと感じるが、一体、なぜなのだろう。

「那須ブックセンター」は「広谷地」交差点をホテルエピナール方面に直進した先にある

「だって新しいことをやるのって、面白そうじゃない?」

とても単純な理由だった。自分が考える棚づくりをして、今まで書店がなかった地域にお客さんを呼ぶのが面白そうだと思ったという。つまり谷さんはキャリアの階段を上がることよりも、面白そうな現場に行くことを優先してきた書店マニアなのだ。
変わってるといえば、変わってる。でもそれが谷さんらしさでもある。

「自分は那須に呼ばれたと思ってるんですよ。何ができるんだろう、誰に会えるんだろうと。そんな思いでしたね」

早くも名物店長の存在感を放つ谷さんに聞く
町に愛される本屋づくりとは?

店内に並ぶ本すべてに気持ちを込めるのが谷さんの本屋哲学

外見はなんの変哲もない町の本屋さん。しかし店内に入ると丹念な棚づくりをしている様子がうかがえる。 55坪の店内に新書、実用書、雑誌、文芸書、文庫、児童書、コミックと、幅広い品ぞろえの本を置く総合書店になっている。

遊び心のある小屋の本コーナー。書店は人の興味を呼び起こすきっかけとなり得る

「仕入れには黄金比というのがあります。たとえば将棋の本を10冊置くなら、初心者用が6冊、中級者用が3冊、上級者用が1冊という6:3:1の法則を基本に仕入れます。でもベテランの書店員は、その黄金比をあえて崩すわけです。初心者用を1冊にして上級者用を7割にするとかね。するとお客さんは『なんでこの本があるの!?』って思ってくれます。それは料理の本でも手芸の本でも同じです」

基本を押さえ、さらにそれを崩すテクニックか。こうした棚づくりが書店としての魅力となって、選ばれる本屋になるのだろう。

「これは自分のための本だ」と思ってもらえる本を数多く置くことが、書店員の力量なのだ

たしかに那須の住民にとって、思わず手にしたくなる本が多いことに気が付く。

たとえば、こんな本。

「家庭菜園でできる自然農法」「農家が教える野菜づくりのコツと裏ワザ」「肥料を知る 土を知る-豊かな土つくりの基礎知識-」

「ぼくは猟師になった」「狩猟生活」「これなら獲れる!ワナのしくみと仕掛け方」

「森からの伝言」「Cabin Porn 小屋に暮らす、自然と生きる」「野外で生きるための根本技法を学ぶ 完全焚火マニュアル」

なるほど、と思わせるラインナップ。那須地域にとって獣害対策は他人事ではないし、野菜をつくる土地なので農業書寄りのものが好まれる。自然豊かな土地だから、当然ながらアウトドア好きも多いことだろう。

那須の住民なら思わず手が伸びてしまう本が並んでいる

地域のニーズに根差した本を仕入れ、棚に並べること。そのためには何が必要なのだろうか。
谷さんに訊ねると「本屋の仕事はまず地域の声を聞くことから」だという。

「お客さまとよくお話しをしますね。すると何気ない雑談の中から、仕入れるべき本が見えてくることがあるんです。それをすくい上げ、ちゃんと気持ちの入った品ぞろえにする必要があるわけです」

地元の農家さんがおすすめする本。地域の声だからPOPに説得力がある

地域の特徴や客層を考え、さらにお客さんとの会話の中から潜在的なニーズをつかみ取っているということか。どうりで那須の人が気になる本が多いわけだ。

しかも谷さんが面白いのは、仕入れるべき本の目利きができるプロでありながら、お客さんの意見もどんどん採り入れてしまうことだ。

那須とゆかりのある本のコーナーには、那須塩原市在住の世界的アーティスト、奈良美智さんのコーナーも

「なんで白洲次郎を置かないのってお客さまに言われたので、じゃあコーナー作りますよって。もう、言われたらやっちゃうみたいな感覚で(笑)でも、お客さんに薦められた本はけっこう売れるんですよね」
事実、ポケットに入るサイズで使いやすいとお客さんに言われた「ひと目で見分ける287種 野鳥ポケット図鑑」を多めに仕入れたところ、1週間で20冊以上売れたこともある。

野鳥の本がこれだけそろうお店はまずない。那須という地域と本が紐づけられているのだ

また文芸や絵本など、売場のあちこちにお客さんの推薦文が書かれたPOPが飾り付けられている。 それぞれに「相澤さんおすすめ」とか「清野さんおすすめ」などと書かれ、お店のコメントも添えられている。

「POPに書いてあるお名前をお客さんも知っているので、あの人のおすすめなら買ってみようとなるんです。お客さまと好きな本の話をしていると、じゃあ、おすすめ本のコーナー作っちゃうね。名前使いますよ、というノリでPOPになるんです」

地元のお客さんがおすすめする絵本もたくさん置いてある

こんな感じで「人と地域と本」を一本につなげていく。

今まで町の本屋といえば、文学青年が大人になったような人がレジ前にいて、ジャンル別の棚に並べた本を普通に売っているものだとばかり思っていた。

しかしおそらく寡黙な書店員では地域のニーズは拾えないのだろう。お客さんと積極的にコミュニケーションができる谷さんのような人でないと、町に愛される本屋づくりはできないのではないかと思えてきた。

いま、書店が町にあることの意味とはなんだろう

店内から「那須中学校」の校舎が見える

「那須ブックセンター」のちょうど向かいには、那須町に2つある中学校のうちのひとつ、「那須中学校」がある。

今の子どもたちは、中学生でも昔ながらの書店に入るのが初めての経験。最初はおどおどしながら店内に入ってきたという。 それを見た谷さんは、マンガをフィルムでパッケージングすることをやめて開放した。

自由に読めるマンガの棚も充実

「遠慮なく手に取ってみてよ。そこに座って読んでもいいからさ」という具合に、インフォメーションカフェの席をすすめ、彼らを本屋に少しずつ慣れさせたという。子どもがマンガの立ち読みをしているとお店の人に注意される時代は、遠い過去の話なのだ。

100円コーヒーが飲めるインフォメーションカフェ。那須のお店やイベントなど、地元情報を入手できる

地域との接点が少しずつ生まれていくなか、中学校と町の本屋は次第に交流が深まっていった。 学校の課題図書の受注をはじめ、ブックセンターの1周年記念に開催された古本祭りでは、那須中学校吹奏楽部によるコンサートを地域の方に披露した。またレジ前の平台には、那須中学校図書委員の生徒2人がおすすめする本を、彼らが手書きで書いたPOPとともに販売している。

那須中学校図書委員の生徒さんおすすめの本がレジ前の平台にドンと置かれている

こんな話を聞いていると、ネットで簡単に本を購入できる時代に、町に書店があることの意味を考えずにはいられない。書店が今よりももっと元気で、新しい情報の仕入れ先だった自分の子ども時代とは違い、これからの書店には、これからの時代にマッチした存在理由が必要なはずだ。ブックセンターはその一端を垣間見せてくれる。

「あのお店は絶対必要だと思ってもらえる店づくりをしていけば、本屋が残っていく方法はあると思います」

那須中学校吹奏楽部によるコンサートも披露された「古本祭り」

令和時代の町の本屋さんは、本を媒介としたコミュニティカフェの役割をもっていくのかもしれない。そこに集まる人が本の話もすれば、それ以外の話もする。お店は地域の中にあり、顔の見える関係だからこそネットで展開されるブックレビューよりも、豊かで楽しさがある。

実際、「地域に本屋は必要」という内田さんの思いに賛同するお客さんが主体となり「那須ブックセンターを応援する仲間たち」という支援団体が生まれ、季刊紙の発行などの活動をしている。その支援の輪は会員数が200人にまで到達、随時会員を募集している。

オープンから2年。常連客もたくさん訪れる

それでも今のところブックセンターの経営はお世辞にも好調とはいえないそうだ。 それは多くの地方の本屋さんが抱えている共通の問題といえるかもしれない。
しかし「必ず風が吹きます」と谷さんは言う。

売れる書店づくりを経験してきた当事者だから、ブレイクスルーの前兆を感じ取っているのだ。さらに、谷さんの目標は那須高原に書店を定着させることに留まらない。

「田舎で本屋をやりたい人たちを那須ブックセンターで研修したいんですよ。お店づくりのノウハウをすべて伝えて」

来店するお客さんが飽きないように、POPや本の配置をこまめに変化させていく

青森県八戸市では市営書店がオープンした。北海道留萌市(るもいし)では市民が行政とともに書店を誘致した。いまや書店は民間の力だけで成り立つほど、勢いのある商売ではないのかもしれない。しかし書店が今後どのような形態になっていこうとも、那須ブックセンターは書店を開業したい人へ向け、そのビジネスモデルとなることを目指している。書店文化を残したいと思う人たちが、町の本屋さんの未来を決めていく時代なのだ。

谷さんの挑戦はこれからもつづく。

【那須ブックセンター】
場所:栃木県那須郡那須町高久丙2-39
営業時間:9:30~18:30(日曜日は9:30~17:00)
定休日:水
連絡先:0287-78-2000
HP:https://www.nasubookcenter.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/nasubookcenter

この記事を書いた人

タッキー

那須コーヒーパルキ店主。さいたま市出身。 2016年那須町に移住。自家焙煎のコーヒー店を営業し、那須を取材する圏外ライターとしても活動。那須のフリーマガジン「森の子」の企画・編集。森での自給的暮らし、音楽活動、登山など。

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